2025.12.30「美術館と本と映画など」

国立新美術館の「時代のプリズム」に行った。時代ごとに作品を見せていくタイプの展示だったので「日常のコレオ」ほどリアルタイム性を感じさせる展示ではなく、見ているとしんどくなる作品も多かった。

表参道のザッハトルテ。この日青山ブックセンターで本を3冊買ってそれをこの店で交互に読んだ。
白水社uブックスの「話の終わり」(このシリーズを信頼しすぎているせいで作者より先にシリーズ名が出てしまう)は、かなり終盤まで読んだが、最後の数ページを読んでいない。いつもこれになる、アニメも、ドラマも、小説も...
「毎日読みます」という韓国の作家のエッセイも読んだ。これは読書好きな作者が本を読むためのモチベを保つにはどうするか、ということを書き続けていて、そんなこと書いていいのかというくらい気軽に全てを書いていて良い。本を読みながら本を読むモチベを保つのに良い本だった。
あと小川洋子のエッセイも買ったがこれはぜんぜん読めていない。
吉祥寺に行く予定があり、早めに行って井の頭公園を散歩した。
吉祥寺にある好きな喫茶店にも行った。コーヒーに本気の喫茶店を常に求めている。
「落下の王国」を見た。見ようかな〜どうしようかな〜と思っていた矢先、目の前に通りがかった映画館でちょうど10分後に始まる予定だったので、勢いで見た。
とても良かったのだが、人が死にすぎるという衝撃が大きかった。私はRRRでもキングスマンでも同じ感想になったので仕方がない。あんまり人が八つ裂きになるシーンとかは、みたくないため...
でも現実パートの描かれ方はとても良かったです。「ミツバチのささやき」と「落下の王国」、「アフター・サン」と「エル・スール」の併映をする名画座が早く生まれてほしい。

これはだいぶ後、アイドルマスターの合同ライブで大阪に行ったついでに中之島でアールデコの展示を見た。同時にやっていたシュルレアリスム展も行きたかったが、アールデコとシュルレアリスムを梯子した後にアイドルマスターに戻れるとは思えなかったためやめた。
これはラヴェルの生まれ故郷をモチーフにしたポスター。
ポール・ポワレの衣装の展示も多かった。フランスに行った時、一緒に行った友達がポール・ポワレとコルセットからの脱却に関する卒論を書いていたので、向こうの美術館でも見に行った記憶がある。あの友達はもうポール・ポワレのことを忘れてしまったかもしれない。それもまた他者の人生である。
年末に21世紀美術館に行ったのだが、人が多すぎて観光地すぎるという印象だった。やっぱり現代美術館は平日の昼に本当に興味のある人間しかいない時に行くのがいいと思うが、地方の観光スポットの目玉としての現代美術館となると、そうもいかないだろう。東京や京都の現代美術館はとても恵まれた環境にある。
来年は流石にもう少し本を読みたいし映画も見たい。が...人生のキャパというものを感じつつある。気合いを入れないとできないことが多い。
本を読みながら社交をすることって私は全然できそうにないのですが、読書家の皆さんはどうしているんでしょうか。読書をすると内省が増える一方、これ以上内省が増えると社交が止まってしまう。内省を増やす余裕は、ない.......
ミステリー・トレイン/toe/自我の融解

ジャームッシュ作品が映画館にかかっているのを知りながら、全然映画館に行く余裕がなく、ようやく一度だけ観に行った。
『ミステリー・トレイン』は2021年に一度だけ映画館で観て、割と好きだった記憶があった。3つの連作で1作目には日本人のカップルが登場する。今回観たらヒロイン役の女優が三谷幸喜脚本のあまり知られていないシットコム『子ども、ほしいね』の女優で驚愕した。三谷幸喜とジャームッシュを知る女優がいるのか、この世に。
永瀬正敏がとにかく異常なまでに格好をつけているのが良い。ジャームッシュ作品特有の、道を長身の男がすたすたと歩いていく時の歩き方(勝手に"ジャームッシュ歩き"と呼んでいる)をしていて気持ちがいい。私はジャームッシュ作品を、街を人がすたすたと歩いていく様子を見るために観ている。
やっぱり良かった。なんでジャームッシュ作品をずっとかけている映画館がこの世に存在しないんでしょうか。私は週に一度これが観たいのに。
仕事の帰りにtoeのライブに行った。
それほど聴いているわけではないのだが、一時期妙に聴き続けていた時期があり、好きなアーティストが一緒にやっていることが多かったので、今回大きな会場でライブをやるならきっとみんな来るだろうという気持ちでチケットを取った。そしたら普通に仕事が入ってしまい途中入場することになった。
両国国技館って座席の並びがわからなさすぎる。全然わからないので右往左往しながら入ったらバンドがバリバリに弾いていて驚いた。
アルバムの印象は静かめのバンドでもライブでは全然このようになることを忘れていた。
クラムボンの二人が入ってきた瞬間の安心感がすごかった。そういえばこの時のアルバムを一番聴いていたな。
好きなチェリストが入ってきた瞬間、朝からずっと頭になっていた曲が始まって、ああこれはreflection eternalという曲だ、とやっと思い出した。雨の中のフジロックでこのメンバーで演奏したのが伝説のように取り沙汰されていたのを覚えている。
全員が動きまくって演奏しているなか、チェリストだけが木のようにその場で静かに演奏しており、それをずっと見ていた。
自分の人生がどんどん弦楽器とかチェロばかりになっていてもうなんなんだよと思っているが、小学生くらいの時から弦楽器への憧れだけがあったので仕方ないんだろう。あとこの人のチェロは全然他のチェロの音と違うし、その音に惹かれているので、仕方がない。これはもう仕方がないよな。
帰りに両国でトンカツを食べた。なぜかというと、最近見ていた動画に出てきた店で、ふだん両国に来ることなんてないから...。写真とかはないです。
脂が!!!!!!!!!!!!!!
トンカツってこんなのでしたか? 絶対に脂が多いタイプのトンカツだった。美味しいけど大変なことになった。
元々胃が小さいタイプなのでヘビーなものを食べるとだいたい途中から目眩になる。いやこれは目眩じゃなくて胃もたれってこと?
途中から目が据わってきた。私には早すぎた。いや、遅すぎたのかもしれない......
私は全然一人でトンカツの店に入ったりする。そういう人間なんですよ、なのに今周りに人が多すぎて、そういうことをする日が少なすぎる。
でも本来これくらいでいいのかもしれない、人間という存在なら、これくらい人と関わっている方が.......本当か? この人との関わり、不可逆じゃない? どうする? 私ってどうなるんですか?
一人の時間が少ないと、日記のような文章もつけなくなる。私がnoteを書きまくっていた時期、完全にコロナで人との関わりが断たれていた時期だったし。
自分用の日記くらいはつけた方がいいかもしれない。公開する必要ってないんだろうな。公開する日記を書くたびに自意識が取り戻され、全てから我に返ってしまう。
でもこの自意識って本当に必要か? 絶対に必要だという自分といらないだろという自分がいる。何かの作品を見てその感想を自分の中で言葉にするくらいの意識は、残しておきたいが........
人との関わりが深くなるたびに幼少期から己の中に確固として存在する強い自意識が溶かされていくのを感じておそろしい。
みんなはどう? そういう感覚ありますか? 私は自我が強すぎて、そんなことはほとんどなかったのですが。他者って怖いですね............
自分のテリトリーを確保しておくために一番有効なのは、映画と本かもしれない。演劇は他者が近すぎる。映画館では暗闇の中で遠い他者と自分に向き合える感じがするし、本を読んでいる時も同じ感覚がある。
本は読んだ方がいい。本を読むことにします。
2025.9.28「夏休みの呼水」
平日の休みに美術館などにいろいろ行ったのをまとめて書く。

ルイジ・ギッリの写真展。私はほとんどしらなかったのだが、気がつくと須賀敦子の作品集の表紙に使われている写真がたくさんあって驚いた。文庫版の表紙だけではなく、翻訳されている「私のカトリック少女時代」の表紙の写真があって気がついた。
売店で須賀敦子全集も売っていたが、どれを持っていたか覚えていなかったので何も買わずに帰った。

日常のコレオ展。
大変良かったので図録を買おうとしたらまだ出ていなかった。本当によかったです。こういう内容の展覧会を大きな美術館が30周年記念に大々的に開催していることが希望となる。
静物や絵画の展示が続く中で突然現れたFAMEMEのポスターに度肝を抜かれた。この順番で展示したからこそ感じるものがあり印象的だった。
シルパ・グプタ | アーティスト | 東京都現代美術館|MUSEUM OF CONTEMPORARY ART TOKYO
一番最後がシルパ・グプタの「Listening Air」だったのも印象に残った。人の少ない日にゆっくり見られてよかった。

近くの喫茶店が全部おしゃれすぎて入る気にならず、偶然見つけたエスプレッソの店に入ったらとても良く、近所の人と話したりもして、ええ〜いいのか?こんな良い休日を過ごして...と思った。
そのあと蔵前に行ってカキモリを眺めた。以前ここでオリジナルインクを作ってもらったことがあり、せっかく万年筆があるからインクを増やしたいと思いつつ、そんなに使わないので買う勇気がない。

近くの通りを歩いていたら見つけた本屋に入ったら、驚くほど良い棚があり、2冊買ってしまった。

このあと別の本屋で結局須賀敦子全集も買った。どんぐりのたわごとという昔出していたミニコミ誌の内容が載ったもの。
「ロシュフォールの恋人たち」を映画館で観た。
叔母が好きでだいぶ前にDVDをもらっていたのだが、家で見る映画でもないよな...の気持ちだったので映画館で観た。
えっジーン・ケリー?
この笑顔ジーン・ケリーすぎるな
めちゃくちゃタップしてるな
じゃあジーン・ケリーやないかい
という時間があった。知らずにこの映画を見ている貴重な客だったかもしれない。
ジーン・ケリーが踊り出した瞬間のMGM感がすごくて笑ってしまった。全然フランス映画の立ち居振舞いじゃない。でも誰よりも存在感があり、映画の中心にいて、出てきた瞬間にこれはエンターテインメントですよとわからせてくれる凄まじさを感じた。
「シェルブールの雨傘」を見て綺麗だけどこの監督のミュージカル映画はあんまり合わないな...と思い、今回も肌が合わない感じはしたが、ジーン・ケリーの圧倒的MGMエンタメ力が介入したことでちょうどいい感じになっていた。というかジーン・ケリーがいるから叔母が好きなんだ、あの時代のミュージカル映画大好き一家なので。
こういうのを空いた日に一気にやると、本本本本映画映画映画という気持ちになるが、これを持続させる気持ちの余裕と時間がない。ずっとこれをできる人はすごい。私は一度無理やり立ち上がってどこかに行くという日を呼び水にしないとなかなか感覚が戻らない。
ジム・ジャームッシュをまた映画館でやっているのでどこかで観に行きたいが、行けるだろうか。パターソンはもう終わりそうですね...
近況2025前半
今年の出来事
1月 祖父が二週連続で二人死去
2〜4月 東京サンシャインボーイズが30年ぶりに復活しツアーに同行する勢いで全ての土地に足を運んだため全ての生活が終わる 4月に叔母が死去
5〜6月 大編成の編曲を同時進行し全ての生活が終わる ラヴェル生誕150周年のためクラシックの音楽フェスにも入り浸る
7〜8月 アイドルマスターの周年ライブが連続して全ての生活が終わる
だから日記とかは一切書いてないんですね。
身内が3人死んだと思ったら突然自分にもめちゃくちゃな変化が起きまくっており本当に疲れた。何が起きてるんですかこれは。
2025年って自分の愛する人間と作品の全ての周年が重なることが確定していたので、こうなることはわかっていたのですが。それに加えて不可逆な変化が起き過ぎている。助けて欲しい。この8ヶ月って何?
上に書いた話以外で日記で書けそうなまともな記録だけまとめていくか...

坂本龍一の展示を見に行った。多分1月くらい。平日でも人が多く、静かなインスタレーション中でもみんながiPhoneのシャッター音を鳴らしまくるのでむかついた。坂本龍一の演奏映像をピアノの自動演奏に映し出す展示が一番良かった。

好きな音楽家が参加していた映画を観た。あまり好きな題材ではないなと思いながら観ていたが、思っていたよりも好みの作品だった。亡くなった妻に向かって話しかけながら生活を続けているおじさんのことが記憶に残っている。ちょうど祖父が亡くなった直後に見たが、二人とも大往生だったのであまり同じ感覚ではなかった。

パリでやっているラヴェルの展示の図録を取り寄せて買った。買えるもんだな。全然読んでないけど写真は良い。ボレロ展という名前にはまだむかついている。
ここから東京サンシャインボーイズのツアーに合わせて全国を回っているが、多すぎるので一箇所ずつの記録

岡山のいいビル

長野のいい建築

北海道のいいコーヒー

豊橋のロケット

博多の夜景

GWの冒頭2日間で東京の音楽フェスに行き、夜に羽田から沖縄に行き翌日沖縄で東京サンシャインボーイズの大千穐楽を観た。やればできる

沖縄のでかすぎるルートビア

ビアズリー展に行った。ビアズリーの絵、倫理の教科書の「アンヴィヴァレントな感情」の例としてサロメの挿絵が載っていたことだけ覚えていた。かなりグロテスクな表現も多かったりしたが、時々こういう展示を見るとこれこれ...とアングラ精神が安心する。

テリー・ライリーとクロノス・カルテットのライブに行った。クロノスカルテットは数年前にチケットを取った公演が直前にビザの影響で中止になってしまったので、なんとかして見たかった。とても良かった。不思議な流れで日本にミニマルミュージックの人間が集結していた。今までに見たことがな客層が集まる空間だった。

これはだいぶ最近。ムーミンとトーベ・ヤンソン展をみた。ムーミンは私は小説が好きだと頑なに主張している。特に好きなのはムーミン谷の11月です。
映画も見たいし本も読みたいのだが人生に余裕がなさすぎる。
2024.10.19「ダダを忘れないで」
10月が中旬になっており、ウケます。

これを見にきた。
「ダダからシュルレアリスムへ」というプログラムで、『幕間』『貝殻と僧侶』の2本を見た。
『幕間』は1924年の映画で、サティやピカビアやデュシャンといった芸術家が出演している。
元々サティのバレエ『本日休演』の幕間に流すために作られた作品で、基本ふざけている(ちなみにバンドの本日休演は多分これが由来)。みんなが真面目にこの映画を黙って見ている空間はかなり変だった。
☆*:.。. 『幕間』の面白いシーンベスト3 .。.:*☆
【第3位】
棺桶から出てきた手品師が群衆を順番に消していくシーン
棺桶から出てきた手品師が群衆を順番に消していく。律儀に最後の一人まで順番に消していく。長い。
【第2位】
チロリアンハットの男が鳩と会話するシーン
チロリアンハットを被った男が、肩に止まった鳩の方を見て小声で話し続ける。声は聞こえないのでなにを言っているかわからないが、結構長いこと話している。長い。
【第1位】
幕を男がピースサインで突き破ってくるシーン
映画の最後に"FIN"の文字が書かれた幕が映ったと思ったら、幕の後ろからピースサインの指で幕を突き破って男が出てくる。ふざけている。しかも最後逆回しでもう一回幕の中に入っていく。ふざけるな。
もっとヤジとか飛ばしながら見た方がいいと思うんだよな。当時はそうだったんだろうな。
https://youtu.be/4XRNK5ldCzo?si=LoiGoajb4t53jha6
この曲がテーマとしてBGMに使われているんだけど、いつ聴いても狂気を感じる。
繰り返しのある曲といえば当時ならボレロが思いつくが、その後のミニマルミュージックの祖となるのはサティだと思う。明るく短いフレーズを執拗に繰り返すとここまで躁状態の狂気になるのかという曲。
20世紀のフランス文化に特にハマっていた高校生くらいの時、友達とこういうサティやピカビア、コクトー周辺の尖った作品を見て「おもしれ〜」と言い合っていた。今思うとニコニコ動画の変なミームを見ている中高生とあんまり変わらない。
https://youtu.be/_Chq1Ty0nyE?si=rTEQ07v_vwWKFQEa
マジでこれを見て延々と笑っていました。1分半くらいから登場する馬の場面が無音なのが一番面白い。どういうこと?
選択授業で倫理を取っていた友達とこれで盛り上がっていたの、変な曲がり方をした中二病って感じだ。私は今でもダダの映画を見るために映画館に行ってるけど、みんなはどうですか。多分もうここには誰もいません。
私はずっとここにいるのに、小学生の頃の親友はアイドルのことしか考えなくなるし、中高生の頃の友達は恋愛のことしか考えなくなるし、よくわかんないですね。みんな飽きるのが早いね。思い出したらまた戻ってきてね。
『貝と僧侶』は僧侶が性的欲求に取り憑かれるみたいな話で、ずっと嫌〜〜〜な感じだった。途中から謎のミニチュアハウスみたいな映像が差し込まれるようになってからなんの暗喩なのか全くわからず、ずっと口を半開きにして見ていた。
終わった瞬間エンドロールもなくいきなり明かりがついたので、観客が全員「え????」という反応をしていてかなり面白かった。ここまで困惑しかしていない客席を見られることってあんまりない。

渋谷のクレープ屋でクレープを食べた。店構えがかなりフランスでずっと気になってたけど、今だ!と思って食べた。美味しい。でもかなり多かった。クレープの生地が本体のクレープで、これが元祖ですという味だった。
最近本を読めていない。ちょっと前にルシア・ベルリンの『掃除婦のための手引書』を読んだ。まだ積読が多い。
2023.9の北海道旅行の記録
ちょうど一年前に行った北海道旅行の記録をメモに残したままだったので今上げます。



着いた瞬間涼しさに高笑いをしながらサッポロビール園に行き、高笑いをしながらジンギスカンを食べた。美味しい。ジンギスカンってこんなに美味しく、サッポロビールってこんなに美味しいのかと思った。


北大植物園に行き、花の時期ではないライラックを見たり、野生のリスを見たりした。


近くにあった剥製の博物館、後になってゴールデンカムイの聖地だと知った。大きなフクロウや大きな犬を見ることができて良かった。
北大の博物館も見た。大学の宣伝を頑張るための展示の並びになっていた。これだいぶリニューアルしたんだろうな。


突然見つけた喫茶店のオリンピアに行った。大泉洋がいった店ばかりある。このあたりからもう『おにぎりあたためますか』に登場した店の情報だけを頼りに旅をしている。
オリンピックのポスターや彫像があった。
時計台も見た。
onちゃんテラスにも行った。聖地巡礼の旅しかできないので、北海道に行くと自動的に大泉洋の聖地巡礼になってしまう。
これも『探偵はBARにいる』の聖地。
2日目は小樽で乗り継ぎ、余市に来た。


余市にはニッカウヰスキーの工場がある。ビールを飲み、ウイスキーを買う旅になってしまった。
毛利衛の出身地に関連して、宇宙に関する展示をしている「スペースよいち」に来た。
他に客が誰もいなくて、職員の人たちにめちゃくちゃ捕まってしまい、古すぎる3D映像を沢山見た。
余市に宇宙エレベーターを作るぞ!という2000年代の3D映像だった。作ってほしい。応援しています。

かなり歩いて図書館に来た。小さいがいい建物だった。ここで余市という地名の由来に関する郷土資料を調べたりした。

めちゃくちゃ歩いて余市ワイナリーに来てマルゲリータを食べた。ビールを飲みウイスキーを買いワインを飲む旅になってしまった。
この時点でどう考えても車で移動する距離を爆歩きしたため、足が終わりになってきていた。結局気合いなんですよ旅は。


バスで小樽に戻った。中国からの旅行客が多いのは、向こうで大流行りしているドラマの舞台が小樽だかららしい。オルゴール堂にはラヴェルの鳥籠のようなオルゴールがあった。
北一硝子のホールが綺麗だった。
小樽は倉庫が多くて嬉しい。

運河100年記念で屋台が出ていて良かった。
小樽から札幌に戻り、深夜バスを待った。 駅に北大博物館の剥製がいろいろあって良かった。
深夜バスで函館に到着し、 湯の川温泉の朝風呂に成功した。最高。天気もいい。
朝市に行った。やっぱり朝からこれを食べる文化はおかしくないか? 貝類はなくて正解だった。おいしい。


元町に行き元町珈琲に行った。かなり美味しい。基本が深煎りで嬉しい。


元町の境界全部。カトリック→ロシア正教→プロトスタントで見てどんどん装飾が簡素になるので面白かった。

最近建て直された公会堂。
なんだかよくわからないが異常に美味しい洋梨のクレープを食べた。
水曜どうでしょうでソフトクリームを買って爆走している途中で安田顕がソフトを落とした聖地の喫茶店。


かなり歩いてバスに乗り、かなり歩いてトラピスチヌ修道院に来た。バター飴がなかったのでクッキーを買った。一人だとめちゃくちゃな旅程を気合いでなんとかしてしまう。

函館の赤煉瓦は良い。
ちょうど博物館を無料で夜間開館するスタンプラリーイベントをやっていたので、子供に混ざって踏破し、子供に渡すタイプのお菓子の詰め合わせをもらった。でも旅程的に夜しか回れる時間がなかったのでかなり運が良かった。

朝コーヒーを飲みながら海辺を散歩した。やりたい放題か?
ラッキーピエロにも来た。大泉洋に従いチーズバーガーにした。烏龍茶が本格なのはなんなんだ。
店頭はめちゃくちゃだけど店内はダイナーっぽくて良かった。


北洋漁業の博物館に来たら誰も人がおらず、警備員の人がほぼ学芸員として私にだけ解説してくれた。船に乗れるのも結構面白い。みんな頑張ってほしい。
土方歳三最後の地で新撰組!のサントラを聞いた。まだ最後まで見てないんですけど。
新函館に行ってからトラピストラーメンを食べた。なにがトラピストなんだ。でもバターと塩は合う。
北斗は土方歳三が守った地なんだな。あとトラピスト修道院はこっちにある。
電車が来るまでなぜかグランドピアノが触れる空間があったので、ラヴェルを爆弾きし続けていた。
2024.9.7「ゾーン内から中継」
毎日ピアノを弾いている。やばい。本当に毎日弾いている。
どういうスケジュールで生きているかというと、6時に起きて7時からピアノの練習室を借り、1時間弾いてから朝ごはんを食べて9時に出勤し、退勤して19時から別の練習室に行き2時間ピアノを弾いたりしている。おかしいよ。
どう考えてもやりすぎだしこれをやって意味があるのかという気持ちにならないこともないが、そんなことを考えていたら楽器の練習などは全く続けられないため、間の時間は耳にラジオを流し込み続けて生きることで思考を停止させている。これもどうなんだよ。
今月コンサートがあり、そこで弾く曲の難易度を自分でどんどん上げまくっている(なぜなら自分で楽譜を書いているから、やろうと思えばどんどん難しくできてしまう)ために、こんなことになっている。
でもこれだって地震や台風で中止になったらどうしようという気持ちは常にあるし、そもそもこのコンサートを誰がどれだけ聴くのかもよくわからないし、何のためにやっているのか、といったことは常に考えてしまう。
でもそもそもピアノの発表会って誰も聴かないのに弾くものだったし、そこはどうでもいいという気持ちでやっていきたい。
自分は好きな曲でなければとにかく練習のやる気が起きないので、今アイドルマスターの好きな曲で好きなアレンジをしてひたすら好きなようにやっているから、これだけ練習できているんだと思う。
そもそもピアノを習っていた時も最終的にやっていたことはラヴェルの曲を弾き続けるということで、その時はずっと「ラヴェルという作曲家の音楽に少しでも"届く"」ことが目的だった。今回も自分の好きな美しいアイドルの皆さんに"届く"ためにやっているので、ほぼ同じだ。つまり祈りということです。
何かに継続して没頭している状態になるのが久しぶりだと感じる。音楽でここまでの状態になったのは高3の時にラヴェルの『水の戯れ』を弾いた時で、音楽以外でこの状態になったのは就職のための試験勉強の時だった。
2年くらいずっと試験勉強をしていて、ちょっとゾーンに入っていたと思う。自分は試験の時にこれになりがちで、なんかもう法律とか全部暗記していた。怖い。なぜあれができていたのか全くわからないが、今少しその感覚を思い出している。
あの時もずっとラジオを聴いていた。なぜラジオの記憶があるかというと、勉強以外に割けるリソースが音楽やラジオと言った情報くらいしかなかったからだろう。今もそれと同じ状態になっている。
この状態の時の自分を文章で残していることがあんまりないので、一旦日記にしておいた。明日もピアノを朝から弾いて昼から合奏に行く、あ〜 助けて〜 人と関わるのとかもう、無理で、一人で弾いていたいです〜 今それです〜
しかし毎日朝からピアノを弾いているとどんどん朝型になってきたな。もう寝よう。全部終わったら一週間休んで北海道に行きたいのにそんな時間はない。悲しい。

