2021.3.13-14「ペンライトの波間に」

3/13 アイドルマスターSideMプロデューサーミーティング1日目

何を持っていけばいいのか永遠に迷っていた。
私はアイドルのライブというものに参加したことがない。舞台と客席の距離感、客席の気温、気圧、全てわからない。

とりあえずペンライトは2本買っている。
それに加えて「応援スティック」というものも買った。これは今回のライブのグッズで、声を出せないから、拍手と共にこのスティックで音を鳴らすらしい。
しかし私はそもそも声を出すライブに参加したことがなく、「ライブを観て声を出したくなる」という衝動にかられたことがない。
「「「声を出すライブ」で声を出せない状態」に声を出したことのない客が参加する」ので、もうよくわからない。逆にいつも通りになるんじゃないか。

そのほかに、双眼鏡が必要かもしれないということがわかってきた。自分がこれほど大きな会場のライブに参加したことがないので、双眼鏡を使って舞台を観るという発想が抜け落ちていた。
これはかなり迷った。基本的には肉眼で見たい主義だが、一日目は4階スタンド席の最後方だし、これはさすがに必要なのでは……。
と思い至ったのが前日の夜だった。当日の朝に新宿の電気屋に走って双眼鏡を買った。計画性がなさすぎる。
双眼鏡売り場には、このドームならどの倍率がおすすめ、という表が掲げられていた。みんな双眼鏡を買っているんだな。
わりとしっかり値段が張った。しかしライブに向けた準備というのは基本的に金銭感覚がぶっ壊れた状態で行われるため、特に気にしていない。

出発までだいぶ時間があったが、そわそわして落ち着かない。結局予定よりも早めに家を出た。荷物の中身を5回確認した。海外に行く前よりも荷造りに時間を要した。
外に出ると、雨脚がどんどん強くなっていた。電車に乗っているあいだに何度も雷が鳴っていた。スマホの警報情報の通知が鳴りやまない。早めに電車に乗っておいて良かった。

会場近くの駅に着くと、アイドルの絵が一面に描かれたカバンやグッズを持った人たちが増えてきた。来た来た来た来た!!!!!!という興奮が高まってくる。
この日は「アイドルマスターのライブという現象に参加する」ことを目標としていたので普段の服装で行ったが、たくさんの人がアイドルに関するものを身に着けているのを見ていると、自分も混ざりたいという気持ちになってくる。
こんな気持ちになったのは初めてだ。みんなアイドルのことが好きというのが伝わってきて嬉しい。

駅から会場に向かう道で、荒れ狂う風雨と雷によってめちゃくちゃになった。面白いくらい天気が荒れていた。
否が応でもアイドルマスターSideMの第2話を思い出してしまう。ライブを開催しようとしたら台風が来て遅延が発生し、準備をアイドル総出で手伝う話。アイドルマスター(765)のアニメでも、暴風雨の中でライブを決行する回がある。

ボロボロのビショビショになって会場に到着する。オリパラの会場にもなるらしい、かなり大きな会場だった。
開いた扉から舞台の様子が目に飛び込んできて、息を飲んだ。舞台を縦横無尽に照らし出す照明、一面に焚かれたスモーク、自分が今までに観たことがない「ライブ会場」の景色だった。

開演まで1時間以上あったので、ペンライトの色を変える練習していた。
今回出演するメンバーの所属ユニットの色を調べて、手元のペンライトで確認する。
ピンクが6種類くらいある。自分の目が一つも信用できない。これは本当にもふもふえんのピンクなのか? これはCafe Paradeのピンクか、S.E.Mのピンクかどっちだ? Legendersのグレーと白が全く見分けられない。High×Jokerの赤と神速一魂の赤と虎牙道の赤は違う赤か? 山村賢の緑はどれなんだ? 全体曲の時は何の色を付ければいい? 担当の色? 私の担当って? 私は誰? プロデューサーって何?
頭がおかしくなりそうだったので、諦めて開演まで目を閉じてうつむいていることにした。

開演直前、提供の文字が画面に表示されると拍手が起きた。
アイドルマスターのライブには提供の文字が現れるたびにその社名を叫ぶという慣習がある。なんどもライブ映像で見てきた文化だったが、今回は声を出せない。どうするんだろう、と思っていたら、文字が出た瞬間に周りから拍手が巻き起こった。
文化が動く瞬間を見たという感覚だった。このシリーズをずっと追ってきた人にとっては初めての出来事だろう。
歴史の一部に立ち会っているという感動があった。私がこの作品に惹かれたのは、15年という時間の中で積み上げられてきた歴史と文化によるものが大きい。

ペンライトは全然うまく使いこなせなかったが、見様見真似で振った。曲のイントロに圧倒されている時も、全員ペンライトの色を変える手だけは冷静なのがすごい。私は色を変えようと触っている間に曲が終わっていた。
結局双眼鏡と応援スティックは一度しか使わなかった。どれだけ距離が遠くてもこの目で見たいと思ったし、自分のこの手で叩いた拍手を彼らに届けたいという気持ちが強かった。
そしてライブで声が出せないということの苦しさも実感した。アイドルの曲は観客の声が重なって初めて完成するということを、身をもって理解した。

一番後ろの一番高い場所から見えるのは、アイドルたちの姿とペンライトの海だった。
アイドルが歌う瞬間に会場が彼らの色に包まれるのは本当に美しかった。初めて見る美しさだった。

画像1を拡大表示


ライブが終わって会場を出ると、広がる空に星が輝いていた。さっきまでの雨は嘘のように過ぎ去っていた。

アイドルマスターのライブ」という現象として完成されすぎていて、ちょっと怖かった。夢なのかもしれない。

 

3/14 アイドルマスターSideM プロデューサーミーティング2日目

昨日の余韻が全く抜けていないのに、もう2日目になってしまった。
この日はアイドルマスターSideMで一番好きなユニット、Altessimoが出演するので、ずっとお腹が痛かった。
信じられないほど時間をかけて身支度をした。でも「ライブのために時間をかけて身支度をする」という時間そのものが久しぶりすぎて、これだけで楽しい。ライブ前のこの時間が永遠に続いて欲しかった。

画像2を拡大表示

Altessimoは元作曲家・ヴァイオリニストのユニットなので、このイヤリングをつけていった。小さすぎて自分にしかわからないだろうけど、こういうのが一番楽しい。

この日はずっと気持ちの良い快晴だったが、とにかく風が強かった。外に出たら町中の看板や自転車がめちゃくちゃになっていて轟音が鳴っていた。なんて休日だ。

2日目はアリーナ席で、目の前が通路だったのでかなり視界が開けていた。
昨日の4階スタンド席からだと、「アイドルマスターのライブ」を神の視点から眺めているような感覚だったが、今日はそうはいかない。私もまた、"プロデューサー"になる…………そういう重みを感じた。

開演前、客席を歩いている人たちを眺めるのが楽しかった。
気合いを入れた担当ユニットモチーフの服を着ている人(S.E.MのPはすごい)、シンデレラガールズのCMにペンライトを振っている人、ペンライトを振る練習をしている人、腕にビーストクロニクルのカードをセットしている人。(カードゲームのカードって、腕に装備するものなのか?)
楽しすぎる。この光景、ずっと見ていたい。好きなものを好きなように愛する人が集まる空間、こんなにも楽しいのか……。
会場の様子を眺めてニコニコしている怪しい人になってしまった。個人的に876プロのアイドルのイラストの入った服を着ている人を見かけて泣きそうになってしまった。

画像3を拡大表示


好きなアイドルのライブを初めて見た時、人はどうなるのか? 
私はペンライトを振ることも忘れ、ただ呆然と見入ってしまった。
その時の景色を思い出そうとすると、舞台上に光の粉が降り注ぐ様子がはっきりと目に浮かぶ。
光の粉、降り注いでいませんでしたか? 降り注ぐ音と光に飲まれて、ただ立ち尽くした。
途中で彼らが客席に向かって歌い始めたので、我に返って慌ててペンライトを振った。届いたかどうかはわからないが、その瞬間だけでも光の海の一部にになれていたら嬉しい。




「プロデューサーミーティング」はあくまでもミーティングで、ライブではない。会議があったり、朗読劇があったり、色々なコーナーの中の一つにライブがある。
その前提で観に行ったら、信じられないほどたくさんの曲を歌ってくれて本当にびっくりした。ライブが出来なかった期間の分まで、出来ることを全部やろうとしてくれているようだった。

気がつけば、アイドルマスターに出会ってから半年以上が経っていた。
どこにも行けず何も出来ない時、狭い部屋の中で出会った曲たちが、いま目の前で歌われていて、それに向かってペンライトを振れるという喜びを実感した2日間だった。
私はやっぱりライブが好きだし、ライブの映像を見ていなければここまでアイドルマスターに心酔することもなかっただろうと思う。

いつかこの声を直接彼らに届けられる日が来ることを願って止まない。
その日まで、人生最初の「ブラボー」は取っておきます。